2012年8月29日水曜日

坊主なれ


北の安曇野渓流会会長 石垣尚男


最近の釣行はずっと坊主続きである。魚釣りで釣果がないのをなぜ坊主というのかいろいろ説があるようだが、オデコともいうので坊主は毛がないことから釣果がないことに結びつけたのだろうか。それはさておきずっと坊主である。そこそこ申し訳程度に釣れるのでツルツルではない五分刈り程度ではあるが。
原因はわかっている。夏のテンカラは夜明け朝イチと真っ暗になった夕マズメなのだが、朝はゆっくり家を出て暗くなる前に上がって、夕マズメには温泉に入り、その後に晩飯を食べるという釣れっこないパターンを繰り返しているからだ。しかも今年の夏は例年になく暑く、さらに雨が降らないので渇水が追い打ちをかけている。
アジャリ君のブログは毎週、尺もの、泣き尺のオンパレードである。しかも夏に釣るのは難しいとされるヤマメの尺物も写真に収まっている。今、日本で最も釣っているテンカラマンかもしれない。この季節どこで釣れるか正確な情報がある上に、明日の朝イチに入渓する場所に車中泊し、そして真っ暗になるまで釣って、懐中電灯を頼りに戻るというかって自分もしていたパターンである。それができなくなったことが歳をとったということなのだ。
2012信濃大町テンカラミーティングに先立ち、高瀬川の高瀬ダム上流で竿を振った。北アルプスの槍ヶ岳を遠望できるすばらしいロケーションである。ここは北安中部漁協の組合員だけが許可を受けて入ることができる。昨年は増水で竿が出せず坊主に終わったので、今年こそと腕まくりしたのだが、水谷事務長もかってみたことのない大渇水で水温が高く、しかも先行者があるというテンカラ三重苦が重なりイワナもまったく遊んでくれず、期待した私鉄沿線の野口五郎岳からの合流点も音沙汰なく、抜けるような青空の下、渓で飲むコーヒーはうまいなと改めて思っただけである。
また坊主か。これで高原、開田、高瀬と三連チャンで慣れっこである。しかたない。夕マズメはダメだろうし、そもそも夕マズメにはレストランの予約をしているので、まず温泉で汗を流そう。大町温泉郷で湯船につかり、坊主の無念さを汗とともに流してさぁ帰ろう。
駐車場に一台の車が入ってきた。うん? 誰だ? ナヌ、坊主Aではないか。ツルツルにそり上げたスキンヘッドのAさんを私はひそかに坊主Aと呼んでいる。坊主に合うとは坊主もここに極まれり。ここで会うとは明日からのイベントを予兆しているようだ。
どこかで竿を出してきたらしい。どうせ坊主に違いない。ところが、である。開口一番「釣れたんです!」 携帯にはなんと40cmのイワナが。ネットからはみ出し、それでも足らずに反りかえっている40cm。Aさんの頭に後光が見えたのは気のせいか、頭のせいか。もう坊主Aなどを呼ぶことはしません。思わず手を合わせ拝みつつ、ところでどこで釣れた?と訊くことは忘れない。
坊主Aさんの所属するクラブは明日から近くの場所に集結とのこと。後日談では40cmのイワナの話はたちまち広まり、翌日朝イチにメンバーはソレっと走ったもの、見事に全員が坊主だったとかで、坊主Aの威光をまぶしいほど感じたのであった(とか)。